台湾再訪 ⑫九族文化村、 帰国

2016.05.28 (Sat)
2016年3月9日  九族文化村(日月潭)観光

日月譚は「台湾8景」のひとつで、箱根のような風光明媚な湖。
1934年、水力発電所建設のためにできたダム湖。
ホテルのテラスと乗船場が直結している。

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①水社碼頭から乗船➞ ②玄光寺で乗り換え➞ ③伊達邵で下船

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また雨が降っている。
これが事実上の台湾最後の観光なのに。どうしてここはいつも雨なのか。

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降りた伊達邵は,結構整った観光地だった。

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商店街を抜けた所から、九族文化村への遊歩道が始まる。
整備された木道、台湾さくらが綺麗に咲いている。

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30分も歩いた時、やっとケーブルカーの駅らしきものが見えた。
一本道で迷うようなことはないと聞いていたけれど、あまりに遠いので心細くなっていた。

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ケーブルカーはどんどん来た。あっという間に到着。

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「九族文化村」観光センター。
台湾ざくらが満開。
この前台北でさくらを見たのは、2月中旬だった。
一か月も遅れてさくらが見られるとは思ってもいなかった。
そうか、ここは標高が高い・748m。だから遅いのだ。
嬉しい誤算だった。


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お茶屋で休む観光客。
ほとんどの人が台湾中国語を話している。
数人の日本の人たちと出会ったが、欧米系のひとはいなかった。

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おみくじも可愛らしい。

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民族村入り口

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各民族の家、内部も公開。自然の素材で作ったシンプルな家具や日用品が展示してあった。
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祀りごとの様子

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ショーの始まり。
民族衣装、音楽、踊りなど多彩な催しであるが、台湾語のみで全くわからなかった。

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ショーは観客と一体になってすすんでいったが、私はただじっと座っているのみだった。

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そしてフィナーレ。各民族は堅く織られた一枚の旗となって共栄して行こうというのだろう。

帰りの道だが、公共交通の不便なところで、結局来た道を戻ることにした。
多くの人は、ロープウエイ乗り場まで、団体ツアーバスかレンタカーで来る。
幸いにも雨はあがり、湖面を吹く風は爽やかで、木々のざわめき、小鳥のさえずり、満開のさくらの濃いピンク。
自然に恵まれ静かな美しさが気に入って、散策を楽しんだ。

こうして、台北、高雄、日月潭の観光は、無事に、楽しく、思い出多く終わった。

台北に戻った日も大雨だった。
「大名商務会館」の陳さんに「お帰りなさい」と迎えられ、アップグレードされた豪華な部屋で
一泊して9泊10日の旅は終わった。

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台北松山国際空港
2016年3月11日 13;30台北発 ANA852便   17;30羽田着


今回も満足度500%の旅ができた。
こんなに幸せでいいのかと毎日思っていた。また行きたい。行くつもり。

お世話になったみなさん ありがとうございました。
長い旅行記をご覧くださり ありがとうございました。
                                                             


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台湾再訪 ⑪日月潭

2016.05.22 (Sun)
2016年3月8日   日月譚へ

高雄から日月譚への移動は、台湾鉄道の「自強号」に決めた。
先日乗った台湾高速鉄道(新幹線)は、速いだけが取り得で、他に
魅力を感じなかったので、もう乗らないことにした。

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高雄 9:00発   台中 11:31着  座席指定で 469元・1641円

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プラットホームもローカル色ムードで私好み。

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車掌さんの検札というより、親切な巡回案内も行き届いて気分がいい。
時速140km、私には絶妙な速度で大満足。

台中までの順調な滑り出しに対して、その先は少々骨が折れた。

日月譚への交通は、バスしかない。
バス発着所までは徒歩10分。覚悟を決めて歩きだすと、
「あのぅ、失礼ですがバス停まで連れて行ってくださいませんか」と
青い目のイケメンが、懇願顔でいう。
さんざ苦労したんでしょう。「助けてあげなくては。」
どうぞといったときのほっとした彼の顔。
すぐ私のカートを持ってくれた。

あっちこっちで聞きながら、確認しながら、やっとのことで見つけた

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ここがバス発着所 チケットゲット。
台中発 12:30 途中「埔里」乗り換え 片道 189元・661円

やっと自己紹介。21歳のマキシムはフランス人。
現在カナダケベックの大学の工学部在学中。
2カ月の予定で東南アジアを一人旅する。
英語さえできればなんとかなると思っていたのが大間違いで、
地方では毎日こんなことばかり。今日はゆめ子のお陰でここまで
来られて助かったけど・・・・
ゆめ子の年齢知って、僕も頑張ろうと思うけど・・・

私だって同じよ。私は中国標準語しかわからないのよ。
台湾の中国語は全く別の言語みたいに違うのよ。
ただマキシムより有利なことは、土地の人たちは私の話すことは解る。
私は漢字の意味は解る。いよいよ困ったら筆談する。
それとキャリアね。経験と勘でなんとかやってるわ。
小さなハプニングはスパイスだぐらいに構えて。
マキシムは若い。若いことは何にも勝る宝よ。
勇気出してGO!!!

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バスが来た。表示や看板は大変解り易い。

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「埔里に着いたら起こしてください」といって、マキシムは爆睡。
よっぽど疲れたのだろう。

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乗り換えもスムーズにいき、2時間30分で日月譚着。
日月潭の観光センター この中に案内所、売店、チケット売り場 レストラン、トイレなんでも揃っている。
マキシムやっと英語が通じて、頼もしいムッシューになっていた。

さて、お別れをしようとすると、「最後のお願いがあります。」という。
荷物を預けて、バイクを借りて山へ行きたい。
多分自分ではできないから通訳してください。
「乗りかかった舟」。どこまでも助けるわ。

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5軒ぐらい離れたこの店で、万事整いほっとするマキシム。
私も嬉しい。
マキシムの気持ち痛いほど解る。
これまでに解らない言語地域でどれほど困ったことか。
その度に救いの手を差し伸べてくれた人がどれほどいたことか。
今、私はそのご恩をこういう形でマキシムに返しているのだ。
だから、旅を楽しんで、そして困っている人がいたら、助けてあげてね。
「また会いましょう。さよなら。」

難い握手を交わして、マキシムはエンジン音高く、あっという間に見えなくなってしまった。

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ホテル「碼頭休聞大飯店」 (聞は正しくは門がまえの中は月)2泊 1泊3500元・12.250円
5階テラス付き・白い船の上方。湖ビューなので外の眺めは抜群。

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テラスからの眺め。船着き場の真上というロケーションは最高。

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観光船がひしめき合って

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こんなレトロな舟もいい。

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お土産やも完備して、リゾート感大きい。

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ホテルのレストランで夕食。
地元「サオ族」の伝統料理で、食材も地元産。
特に湖の小えびのから揚げ、わかさぎのマリネ、竹の子の煮ものなどが美味しい。

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デザートは「冷やしお汁粉」とでもいおうか。豆は大豆ではない。
台湾茶はサオ族の木彫りのカップで。
宿泊者割引 10% 293元・1.025円

雨が降って来た。
昔・1977年にここに泊ったときも雨が降り続いていた。
地形的に雨が多いのかな。

今日もいろいろあった。
マキシムの旅の手助けができてよかった。


台湾再訪 ⑩台湾糖業工場跡

2016.05.19 (Thu)
2016年3月7日 午後  台湾糖業工場跡見学

蓮池潭からのバスを降りて、MRT左營駅前

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こんなオブジェがあった

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MRT紅線「橋頭糖廠」で下車。
人影はないが観光価値はありそうな感じ。

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表示方向に歩くこと10分、立派な看板が。
「台湾糖業」  
日本統治下の1902年、台湾の産業革命といわれる製糖開始。

受付で大変丁重に迎えられた。

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広大な敷地に当時最新の設備を導入した。

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創立当時の事務所。現在は博物館。
ここでも係員は付きっきりで、丁寧な説明をしてくださった。
台湾の人たちの親日的な対応が顕著に表れていて、好感が持てた。

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糖業の歴史写真や機器が展示され、カフェコーナーやグッツ売り場もあった。

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現在も残っている「防空壕」

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工場跡エリアに入って、頭を強打されたような感じがした。

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1902年生まれの老人が、衰え行く体を横たえ、じっと私を見ている・・・・
そんな感じがして、息苦しくなった。

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ブーゲンビリアの咲く公園エリアに入って、やっと少しずつ感情が治まっていった。

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屋外展示場には、作業器具や、運搬車両が整備、展示されていた。
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戦後、台湾政府が事業を引き継ぎ、台湾最大の産業として栄えた。

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統治時代の工場長宅。往時が偲ばれる。

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駅前にはお馴染みの貸自転車やさん。
体力が余っていたら、サイクリングをしたいようなのどかな所だった。

これで3泊4日の高雄滞在も終わり、明日は日月譚へ行く。




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