バルセロナを後に帰国  Adios Spain

2014.06.22 (Sun)
バルセロナ&マヨルカの旅も、とうとう終わりを迎える時が来た。
5月12日、マヨルカからバルセロナに戻り、2泊した。

長旅に備えてゆっくり過ごした。
一つだけ残しておいたところ  サン・ジュセップ市場(Marcat de Sant Josep) へでかける。

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カラフル」な高級フルーツが、山のように盛られ、値段も安い。
一口試食したら、もう虜になってしまう。

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そういえば今回ホワイトアスパラは、一回も食べなかった。一番の楽しみなのに。
季節が違うのか、土地が違うのか。

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お土産用、自分用にいろいろ買った。
検疫と重いのとで、希望通りにはいかないが。

ある一角で賑やかな歌声が
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なんでも、このおじさまたちの応援している「サッカーチームが強敵を破って勝った」のだそうで、
「これが祝わないでいられるか」  「あんた、◎△チーム好きだろ」
知らないといったらどうなるかわからないので、覚えたての「Gran Gran」・・・・
明るくていいね。
ワールドカップは、残念だった。

さて、この旅のフィナーレは、超ビッグサプライズ!!!!!

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これ、ノーベル賞の金メダル    もちろん本物。
こちら裏面  とっても重かった。思わず「うっ」と声がでてしまった。
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ノーベル賞受賞者、「ピロル菌」の発見者 Nobei Laureate
J .Robin Warren 博士
お嫁さん(日本女性)とご同伴で、同じホテルに宿泊していらした。
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お声かけいただいたこと、そのこと自体が幸運というしかない。
その上親しくお話してくださり、金メダルを持ってのツーショットが、私を待っているなんて、
だれが信じられようか。 眩暈がした。
セレモニーにご参列後とのことで、リラックスなさって、どこにでもいらっしゃる「優しいおじい様」という感じ。
再会を約して、オーストラリア・パースへご帰国になった。

長生きするもんですねぇ。
夢のような、映画のようなできごとだった。

翌3月14日、抱えきれないほどたくさんの思い出を携えて帰国した。
帰路ヨーロッパアルプスの絶景も見られた。
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いつもにも増して素晴らしい旅ができた。
ご親切にしてくださったみなさま、大変お世話になりました。
 
長い紀行文をお読みいただきまして、ありがとうございました。                    

明後日、スイスへ出発します。
6月24日~7月10日までの一人旅です。
期待で胸膨らむ時です。





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バルセロナwo Adios Barcelona

2014.06.22 (Sun)

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パルデマヨルカ散策 Palma de Mallorca

2014.06.18 (Wed)
マヨルカの首都「パルマ」は、古くから交易の中心をなしていたので、歴史的文化財が多い。
中心部は賑やかな観光地であるが、ちょっと裏道に入ると、人通りも少なく静かだ。
親切で優しい人ばかりだった。
食べ物・特にシーフードがおいしく、空気もきれいで、晴天が続いてよい保養ができた。

海沿いのプロムナード
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突き当りは漁港

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路線バスの通る大通り

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趣のあるレストラン    手描きのメニュー
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あてもなくさ迷い歩いていると
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TVのコマーシャルの撮影。
物凄い機材、大勢のスタッフ、ライトを点けるとシクラメンの色が、ぱぁ~と鮮やかな赤に変わった。
綺麗に撮れるはずだ!!!

ランチは「とりのから揚げ、甘酢あんかけ」
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「小盛りに」と頼んだのだが、10個きた。
仰天していると、ウエイトレス「まさか骨まで食べるわけじゃないでしょ。半分は骨よ。」
「日本だったら、ホームパーティが開けるわ。どうしよう。」
「いいじゃあないですか。ここは日本じゃないんだから。」

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街路樹が、オレンジ 後方に見える「近代美術館」に行く
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美術館入り口前広場
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20世紀初頭の作品だった

郊外学習 小学校低学年生
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10分間ぐらい、専門のガイドの説明を聞いていた。声も出さずおとなしく座って。
抽象画の前で、どんな説明があるのだろう。
外国でよく見かける光景なのだが、日本の子供たちとはちょっと違うな。

旧市街の坂道を歩いた。
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素敵な自転車やさん

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エンサイマーダ・Ensaimada
マヨルカの伝統菓子。大きいのは渦巻きの直径が50cmもある。
粉砂糖をふりかけたパン。

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ショッパンの胸像
やっと見つけた。何人かの人に聞いたのだけれど、はっきりしなかった。
「根性で探す」と心に決めて、探し回った。
小さな教会の前に、ひとりでいた。だれもいないところに一人でいた。
寂しそうな横顔で、「別れの曲」と「雨だれの曲」が聞こえるような気がした。

センチメンタルになっていたら、目の前に飛び出した「牛革専門店」
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「闘牛士マンボ」の世界。これぞスペイン! 元気が出た。

1週間のマヨルカ滞在も終わった。
抱えきれないほどの想い出と共に、帰国に向けて、バルセロナに帰った。







ベルベル城&ホテル アルムダイナ Castell de Bellver & Hotel Almudaina

2014.06.14 (Sat)
マヨルカの中心地・「パルマ・デ・マヨルカ」(Palma de Malloca)の写真便り。

ツーリストバスに乗って、ベルベル城へ行った。
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ベルベル城 (Castell de Bellver)
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マヨルカ王の夏の離宮として、14世紀に建てられた。
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円形の回廊に囲まれた中庭、古い井戸。塔が4本。砂岩造り。
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ベルベルとは「見晴らしがよい」という意味。
名前の通り、パルマの街と湾の絶景が望める。
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この後、「ミロ美術館」(前述)を見学して、ホテルに帰った。

ホテル アルムダイナ Hotel Almudaina ジャウマ3世通りに面している
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アーケードには、ブランド店、ショッピングモール、レストラン、カフェなどが並んでいて便利だが、
静かな通りだ。 ホテル入り口
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部屋に案内されて、目に飛び込んできたのがこの景色。
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「うあぁ~素敵!ここに1週間滞在するんだ!」 
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室内もシンプルだが、整っている。

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最上階にはバーがあり、眺めが素晴らしい。

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豪華客船が行く。

夜になると、ライトアップされた眺めがロマンティック。
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夜景を楽しみながら、スペインの名酒「サングリア」を呑んだ。
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ホテルライフを満喫した。
フロントの、Fernandoさんは、一流のプロホテルマンだと思った。
「どんな努力も惜しまない。お客さんに満足していただきたい。」といつも思っているのだろう。
細かい心遣いをさりげなくしてくれる。
特にありがたかったのは、パルマのことはまもとより、マヨルカ全島の観光案内を詳しくしてくれたこと。
ルート、時刻、地名などを印刷して、マーカーで印を付けてくれた。

「お勧め通りにしたら、万事うまく行った。」というと、「それを聞いて私も嬉しい。」と。
爽やかな笑顔が忘れられない。





マヨルカ・マナコール&インカ Manacol&Inca

2014.06.11 (Wed)
3月10日(月)
インカ鉄道で、マナコールとインカに行った。
マヨルカでは、毎週1回、固定された日程で、市が立つ。
マナコールは毎週月曜日だというので、勇んで出かけた。

ガイドブックには記載がなくて、情報がほとんどない。
ホテルで尋ねると、「何もなくて、面白くない。もっと素晴らしい観光地へ
行ったほうがいい。」といわれた。
でもインカ鉄道に乗りたかったので、私は行った。

パルマからマナコール(Manacol)までは約1時間。
駅は町外れにあり、旧市街の市まで2kmぐらい歩いた。
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アーモンドの街路樹の通りで開かれていた
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初めて解った。これは地元の人達が必要とする日用品の市なのだ。
1週間置きに開かれると、ちょうどいい間隔になるというわけ。
「何もなくて、面白くない。」というのは、観光用ではないという意味で。
道理で観光客はいなかった。お土産は売っていなかった。

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この小動物たち、ペットではなくて、食用だ!!!
就学前の小さなお子さん連れのオーナーもいた。
観光地の市では味わえない雰囲気があって、おもしろかった。

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シンボルの時計塔

後でMIXI友から聞いたのだが、マナコールは、テニスのラファエル・ナダル選手の家があって、
ここで練習することもあるそうだ。わざわざ家を見に行く人もいるらしい。

帰路は、列車を途中下車して、インカ(Inca)に立ち寄った。 インカ駅
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インカは革製品の町で、Lottsseなどの、ブランド製品の工場がある。
展示即売もしていて格安価格で売っているというので、いってみたが、
現在は展示部門は閉じて、販売はパルマのわがホテルのすぐ傍にある。
パルマの免税価格でも結構な額で驚いた。

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駅前にたった一軒あったバーで、休憩。
ケーキとオレンジジュースで遅いランチとした。

帰路はバスで別ルートで帰ろうとしたが、そのことを聞ける人がいない。
このあたりは、カタルーニャ語エリアで、スペイン人でも難しいというのだから仕方がない。

ホームでメールや日記の準備したり、こんな列車も来たりして、退屈しなかった。
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一般的には、一日ロスしたかもしれないが、こんな日もまた楽しく面白かった。
ひとり旅の醍醐味を十分あじわった。


ポルト・デ・ソーイェル レトロな路面電車 Port de soller

2014.06.08 (Sun)
3月8日
ポルト・デ・ソーイェル へ行った。
パルマ駅から、ソーイェル鉄道で行った。
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この木製の列車は、1912年ソーイェル鉄道開通当時から使われている。
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内装まで全て木製
50kmを約50分かけてゆっくり走る。
アーモンドやオレンジ、オリーブの畑、牧草地、養蜂地 遠くにそびえる山脈、点在する民家などの
マヨルカの山間地をガタゴト行く。

山間を30ほど走ったところで、途中休憩、15分停車、下車すると目の前に広がる山野とソーイェルの街
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乗客はみんな降りて、美味しい空気とともに、展望を楽しんだ

終点 ソーイェル駅に到着
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駅舎とホーム

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駅正面

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広場では、マーケット。
美味しそうな特産物の店舗

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ソーイェルから別ルートで、これもまたレトロな路面電車に乗って、ビーチに行った。

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今度は海辺を走る。
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ポルト・デ・、ソーイェルの港と家並み
気温は24度。温暖な天候に好まれ、ヨーロッパからの避寒地として人気が高い。

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港には、ヨットや大型クルーザーが停泊している
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レストランがずらりとならんでいる

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ここで、シーフードを
まずは、スープ、魚貝類の出汁が美味しいこと、おいしいこと!!
パスタ入りだったので、これだけで満腹になってしまった
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太陽の恵みをたっぷり浴びながら、あてもなく歩いた
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帰路は、バスにした。
本数が少ない生活路線なので、地元の人でいっぱいだった。
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列車とは全く違うルートで、小さな町に何箇所も寄って、全くわからないことばの人が乗り降りして、(どうやら
カタルーニャ語だったらしい)、ローカル色満載で面白かった。
ホテルのフロントのFernandoさんが教えてくれた通りにして、大当たりだった。

バルデモサのショパン Valldemossa chopin

2014.06.05 (Thu)
3月7日
パルマから北へ18kmの山間の村、バルデモサを訪ねた
この村には、ショパンが1838年11月から1839年2月まで滞在した、カルトゥハ修道院(RealCartuja)がある。
ジョルジュ・サンドとの恋の噂をのがれて、それと結核の保養のため温暖なマヨルカ島に来た。
彼は28歳、ジョルジュは34歳だった。
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バルデモサ(借用写真)
中央の塔が修道院

初めに隣のサンチョの宮殿でピアノコンサート
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地元のピアニストがショッパンのピアノ曲の演奏をする
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ひょんなことからピアニストと写真に納まることができた
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修道院
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1399年、アラゴン王の創建
1835年から僧坊が貸別荘となった
ショパンはジョルジュと未婚だということ(信仰上よしとされず)と
結核がバレて2軒から追い出されて、ようやくここに身を寄せた

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礼拝堂    薬局(ショッパンは毎日のように利用していた)
図書室    テラス(モクレンは「日本の花」として珍しがられているとのこと)

ショパンの借りた、第4の宿坊 2部屋、テラス付き
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まず目に飛び込んできたのはピアノ
持っていた4台のうち、一番小さいのをパリから運んだ
200kgあり、税関での金銭トラブルでなかなか届かなかったとか。
マヨルカを離れるとき、フランス人夫妻が買い取って、ショパンの遺品として保存し展示している

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ショパンとジョルジュ
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肉筆の楽譜
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この冬、マヨルカは異常気象で雨が降り続いた
ジョルジュの献身的な看病にも関わらず、体調が悪くて、ショパンは一日中部屋に籠っていた。
そんな中で作曲されたのが、「雨だれの曲」 (前奏曲 作品28第15番 変ニ長調 )
曲中に続くリズムの音を、ショパンはこの部屋で聞いていたのだな
他に、バラード、ポロネーズ、スケルツオなど、多数の名曲を生み出した

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ベランダからの眺め
ショパンも毎日この景色をみて暮らしたのであろう
そう思うと、今ここに自分がいるこということが不思議な気持ちになった

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デスマスクと左手
1849年パリで結核のため亡くなった   39歳だった

素敵な村・静かでのんびりとしていて、こんな所で暮らしてみたい
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ここのカフェで一休み

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バルデモサの銘菓「Coca Patata」とホットチョコレート
メロンパンとよく似ていた

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絵タイル 家々の戸口に、この村が生んだ「聖女カタリナ」が描かれている
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バス停への道すがら  おしゃれなバー

ショパン一色の一日だった。
昔、ピアノを習っていたころのことが、つくづく懐かしくなった。
クラシックファンとしては、至福の時を過ごした。



ミロ美術館&アトリエ Fundacio pilar i Joan M iro

2014.06.02 (Mon)
ミロ美術館
ミロ(Fundació Joan Miró,)は、1893年バルセロナで生まれた。
18歳でバルセロナの美術学校に入学した。
1919年にはパリに出て、ピカソら芸術家とも知り合い、シュルレアリスム運動とかかわる。
1933年、パルマ・デ・マヨルカにアトリエを持ち、絵画のほかに、彫刻、陶器、版画ポスターと作品の幅を広げていく。

ミロ美術館入り口
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入ってすぐの間

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作風は、明るい色を大胆に扱い
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形も奇抜

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自由奔放

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幼児のお絵かき様であったり、

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書道や墨絵の影響もうけている
1970年の「日本万博」に来日、出展している

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美術館全景、1975年開館、約1万点の作品を展示している・個人の作家のものとしては、
「世界最大の美術館」
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パルマの街並と、煌めく地中海が見える。
晩年のミロも、ここに立って、同じ景色を毎日眺めていたのか・・・・感無量

ミロのアトリエ・Staudio
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庭の奥に、1956年に建てられたアトリエがある
ここで、絵画以外の分野の職人との共同制作を行い、陶器、壁画、彫刻などを次々と生み出した
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もうひとつの小さなアトリエ

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ミロの作業着
ここにいると、ミロが現れて、黙って着替えをして、黙々と製作にかかるのではないかと、
そんな気がする部屋だった

1983年、ミロはこのアトリエで亡くなった

受付以外に人影がなく、ロープも注意書もない。写真も自由で、貸切状態で見学できた。
葉陰を渡る涼風、小鳥の鳴き声、当たり一帯は静まり返っていた。
なんと贅沢な時を過ごしたのか。



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